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081015.jpgLFOのFreakを流してたら描きたくなったので描いてみた。
この曲は怪獣描き用のBGMの一つに入れているもの。きのうはこれを描いたあとに胃が凄く痛くなって何にも出来なくなってしまった。でも何にも思い当たる節がない。変なの。

人間が喋ることって、つくづく言葉とは無関係だなぁと思う。
もちろん言葉は表層を滑っていくし、それでいろんなことが運ばれていくんだけど、それとは別に喋っている人の身体的現実がその声に乗ってくる。活字になってさえそれは伝わったりする。そして聞いている方も、しっかりと聞いているのだ。その声を。それは鳴き声だ。言葉の間をすり抜けて交わされる身体的情報。たぶん猫や鳥と変わらないその鳴き声で、教室や会議室や家庭で発生する様々な音階。音程の変化、音色の変化、何かを説明する音階、何かを押し付ける音階、何かを飲み込む音階、何かを搾り出す音階。そのようにあらゆる音階が奏でられ続けているんだ。音階にもっと耳を傾けたい。その音階をもっと聞き取ることが出来るようになりたい。

ウチにも不幸の手紙が回ってきたのでやってみます。回してくれたのはMixi経由で豆乳カイダンのbasilさん。ではイケナイリンクしまくりで

【コンピュータに入っている音楽の容量】
整理してないけど7GBぐらい。

【最後に買ったCD】
6年ぐらい前にガラージュの参考用に買った、グレゴリオ聖歌のCDとケルトの民族音楽。

【今聴いている曲】
聴いていない。基本的に気分転換が必要なときとか、まったりしたいとき以外には聴かない。音楽を聴いていると絵が描けない。最後に聴いていたのはアメリのサントラ。

【よく聴くまたは特別な思い入れのある 5 曲】
1:Rock Around The Clock
小学生のときに"暴力教室"という映画を見て、なんてカッコいい音楽があるんだと感動した。

2:Scarborough Fair:Simon & Garfunkel(直リン)
中学生の頃にはまってました。

3:Chorale Prelude O Mensch Bewein:J.S Bach
バッハのオルガン曲はどれも好き。これは大学生の頃に聴きまくっていた。そのときに聴いていたのはシュバイツァーのアルバム。他の鍵盤曲だと平均律とかゴールドベルグ変奏曲とか。

4: Trans Europe Express:Kraft Werk
これも大学生の頃。YMOは全然ぐっと来なかったんだけど、クラフトワークはカッコいいと思った。

5:O Superman:Laurie Anderson
最初聴いたとき、「こういうのもありなのなのか」と思った。

5曲って何を選んでいいかわからないな。古いのばかりになっちゃった。映画音楽とかCMソングとか歌謡曲なんかも入れたかったんだけど、それはまたいつか。

秋のような涼しい一日。
あんなにうるさかった蝉も今日は一匹も鳴いていなかった。静ずか過ぎるどんよりした午後。長袖を着て温かい飲み物を飲んだ。これからまた暑い一日が始まるという予報だったけど、ほんとかなと思うほど肌寒いや。

音楽をたくさん聴いている。この20年ぐらい自分から進んで音楽を聴くということはあまりなかった。絵を描いているときはどうしても邪魔にしか思えないし。けど、恐ろしく手軽に音楽が聴けるような環境がコンピュータによって実現したおかげで、もうちょっと気軽に聴いてもいいかなと思うようになった。今は本腰を入れて絵を描いていないからそんな風だけど、描き始めたらまた聴かなくなると思う。

聴いている音楽はほんとにバラバラ。懐かしいのや新しいのや聴いたこともないのや。今鳴っているのはアンビエントとかいうやつ。音楽ってたとえBGMとしてでも、それがもたらす脳への影響ってすごく強力だと思う。だから聴くんだったらちゃんと聴きたいと思ってしまう。垂れ流しに影響されるのはイヤな感じがする。これはとても個人的な感覚で、誰にでも当てはまるものではないと思うけど、自分の場合は音が無いほうが想像力が自由だ。

音楽は好きだ。でもそれとの楽しい関係がうまく作れていない感じがするんだ。遊びで楽器をいじっていたときはもう少しましだった気がするんだが。コンピュータが自分にとっての音楽ツールになってくれればという期待もあって音楽ソフトをいくつかインストールしてみた。これによってどう変わるかはまだなんともいえないけど、想像力の内側に音が入ってくれるといいなぁと思う。

なりたいのよ。
ゲームを作るにしても映画を作るにしても音が操作できなかったらどうにもならない。

これまでに自分が音楽でやった事なんて、20歳ぐらいの時にバイエルを自己流でやったぐらいだ。そのあと好きな曲を何曲かピアノで弾けるようになったけど、それっきり。今じゃ手も動かないし、曲の構造とか基本的な和音とか何も知らない。それでも作りたい。

人に頼むのが面倒だというのはある。
人に頼んだことも含めて作品だということも受け入れられる。でもそれ以上に自分で作ってみたい。とはいっても、たぶん俺が作るものはプロとしての音楽ではなくて、あくまでも作品に付随して、その中から発想されたものを形にするだけなんだろうという感じがする。いや、それでいいの。それ以上なんて逆にいらない。

でもほんと右も左も分からない。
ガラージュで入ってきたお金でWindowsの環境を作ろうと思っているんだけど、音でも遊べる環境は用意するつもり。好きでやっているかぎりは恐いもの無しだしね。無知も挫折もお構いなし。

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ガラージュ私家版サイトのトップニュース更新。 19日15時に、箱入り限定版の先行予約数が決定しますので、本予約での予約可能な数は確認ができ次第、ここと、私家版サイトでお知らせします。

今日は夏のようだった。 時間割で動いてる状態のやること多すぎのサクバ氏、酒を飲みながら笙(ショウ)のアフリカ版みたいな笛を吹いて遊ぶ図。

ザ・ピーナッツ(モスラの双子ねーちゃん)はカッコいいと思った。ものすごい久しぶりにアルバムを聴いたんだけど、あまりに抜けてるんで感動した。ツッコミどころが全くない。エンターテイナーなんだ。徹底的に。テクノでもありポップでもあり演歌でもある。叙情的でもあり大嘘つきでもあり感動的でもある。もちろんガキの頃に馴染んでいた贔屓目もあると思う。でもそれだけじゃない。私小説的な個人の生き様とかホンモノという名の嘘臭いリアリティとか、そんなものとはまったく対局にいるような潔さがここにはある。所詮ただの歌じゃん、夢を見させないでどうするのよ!って強さがある。ピチカートファイブとかサザンとかみんなそういうところを目指しているのかもしれないけど、なんつうか格が違う。だってマジなんだもん。嘘に対してマジになるのはいつの時代でもカッコいい。自分はホンモノかもと思った先から間違うものだ。こだわれる個性なんてせこい。個性なんてものがあるとすれば、こだわれないところにしかないだろって気がする。

前から小さい楽器が一個出来たら楽しいだろうなぁと思っています。なんでもいいんですけどハーモニカとか横笛とかメロディが出せるやつ。カスタネットやマラカスじゃぁ、ねぇ。あ、決して馬鹿にしてるわけじゃないですよ。でも打楽器系で小さいのって踊りながらとかそんなイメージがあるじゃないですか。もっと気楽なやつがいいんです。バイオリンとかアコーディオンとか大正琴とかギターとかサックスとかああいうのじゃデカ過ぎる。出来ればポケットに入るぐらいで、旅先かなんかで入れたのも忘れていてポケットに手を突っ込むと、あれ、こんなの持って歩いていたんだ、とかなってプープーやるぐらいがいい。

ということで今一番気になっているのは「口琴」です。知ってます?遊牧民族かなんかがビヨン、ビヨン、ビヨン、ビヨン、ビヤヨヨヨーーーンとかやってるやつです。これって世界中にあるんですね。ヨーロッパにもあるしインドやフィリピンにもあるしアイヌ民族の口琴まであるのです。詳しく知りたい人は「日本口琴協会」のサイトをみてみましょう、って回し者みたいですが、まったく関係ございません。そんでこのサイトで通販もやっているんですけど、これがまたいろいろあって楽しそう。一番安いのは250円!買う、買う?!

この口琴ってやつ、友達のところで(上のサイトもこの人に教えてもらった)一度やらせてもらったことがあるのですが、けっこう難しいんですよ。種類にもよるんですが金属口琴とかは最初は音も出せないでヨダレばかり溜まります。でも音がでるようになるとメチャ楽しい。鼻歌がそのまま音楽になっていくような感じがします。それでこの手のやつの醍醐味は倍音にあるらしくて、これは難しくてその時は全然出来ませんでしたが、これがカッコいいんです。詳しくは知りませんがホーミーみたいにいくつかの音を同時に出すんですね。出来たい?!(←すぐマネしたがるやつ。ホーミーもテレビで始めてみたときその場でやってました。騒々しいったらありゃしない)とりあえずはものをゲットしないと。

音楽は割と困るものだ。他人との関係の話だけど。
普段はほとんど音は鳴らしません。音が鳴ってるとそれにイメージが左右されてしまって邪魔に感じることの方が多いから。そりゃ二十歳ぐらいの頃はずっと掛けっぱなしで絵を描いていたようなこともあったけど、依存度メチャ高かった。最低です。その頃聞いていたのはほとんどクラシック。教会のオルガンとか。対位法とかに痺れていて、絵の描き過ぎで指が開かないのにピアノのまねごとまでしてました。モーツアルトとかああいうのはダメ。好きになれなかった。もっと数学的で無機的なのに感動的みたいのが好み。

そんなだったからロックとかの方には全くと言っていいほど興味が行かなかった。小学生ぐらいの頃にラジオでビートルズとか聴いていたけど、良く出来たポップスとして好きだっただけで、ロケンロールサイコー、みたいなことは思わなかったな。唯一衝撃を受けたのは「暴力教室」という映画で主題歌に使われていた「ロック・アラウンド・ザ・クロック」。これが小学校の三年生の時。放送部がリクエストありますかぁ?というので、これが聴きたいといったら誰にも通じなくて悲しい思いをしたことがある。

そして中学1年ごろ。たまたまラジオで富田勲の「展覧会の絵」のシンセサイザーのやつを聞いた。コンピュータ音楽の走りです。これには大ショック。そんで始めて買ったアルバムがこれ。スピーカーの間を音が走るのが面白くてよく聞いたわ。大したものじゃないけどとにかくギミックが楽しかった。周りでは何故かエルビスプレスリーが流行っていたけど、これも全然カッコいいと思えなくて(若い頃のだったら違っていたんだろうけど、既におデブちゃんで全然パワー無し)友達と意見合わず。そうこうしている内にレッドツェッペリンなんかが出てくるわけだけど、時既に遅くクラシックの方へ。さらにロックのクラシックへの接近もあったりしてなぁんだってかんじもあり、ますますロックは聴かなくなってしまった。

そんなこんなで、途中、RCサクセションがいたりデュラン・デュランがいたりクラフトワークがいたりしましたが、気が付いたらビックリするぐらいいろんなジャンルの音楽があったりしてメロコア?スカ?ダブ?インダストリアル?なにそれって感じになってたわけです。多少は聞いてもみましたよ。あたりまえなんですがイイものはいいです。ごく一部でしたが。たぶんノイズとかインダストリアルとかには探せば好みのものありそうだって感じはします。
でもそれはどうでもいいんです。僕が気になるのはなんであんなに細分化する必要があるのかって事です。美術の世界にもいっぱいありますがさらに10倍ぐらいあるでしょ?系統図とかみると馬鹿じゃないのって気がしてくる。分けたけりゃ分ければいいんだけど、あれって結局聴く側の文化なんですよね。オーディオマニアと変わらない。聴く側が自分のアイデンティティを確立するために作られたウンザリするほどのジャンル。人の音楽で自分を決めようとするなって思うんですよ。でも音楽好きな人ってこの傾向がメチャ強いですよね。だから音楽の話になると困ることが多い。イイものをイイと思えればジャンルがなんだろうが知識が無かろうがいいじゃない。と、こういうことを言うと音楽をやってる人には通じることが多いけど聴いてるだけの人には嫌われたりするのです。やれやれ。

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