怪獣の絵は2400×1600pixelで描いている。384万画素だ。印刷を前提にすると解像度が低いように感じられるかもしれないが、おそらくこの画素数でもインクジェットプリンタでA3に印刷してもそこそこの解像感は得られる。また、こうしてアナログな物体にしてしまえば、そこからスキャンして印刷用に回すことも可能だ。まあ、そんな手間を掛けずとも、上手にリサイズしさえすればそれで充分だろう。つまりこの程度の解像度でも、印刷メディア、ハイビジョン動画、もちろんWebも含めて、ほとんどのメディアをカバーできると考えている。欲を言えばこの倍ぐらいあれば言うことないけど、今使っているPCだとちょっときついのだ。Photoshop上でのサイズは11MBぐらいだけど、それをレイヤーを含めて展開すると、一枚あたりのサイズはだいたい150MB越えてるし、4800×3200にすると単純計算で600MBということになってしまう。つまり、自分のPCで気持ち良く描けて、なおかつ我慢できる解像度の妥協点が300-500万画素ぐらいだったというわけだ(とは言っても、いたって軽い気持ちで始めたので深く考えて決めたわけじゃない)。これが最新のハイエンドPCだったら、600MBぐらいのPhotoshopデータもわけなく動きそうだけど、最終結果から考えるなら、それほど焦るような違いじゃないかと思える。もちろん新しいマシンは欲しいけどね。
なぜ大きな解像度に対して焦りを感じないかという理由は、何をおいてもディテールだ。自分が一枚の絵に対して描き込むディテールはそんなに大したものじゃないのである。人が一枚の絵を見て、どんなに凄い描き込みだと思うような絵でも、300万画素ぐらいの解像度で充分表現することが出来てしまう。これは事実だ。そこで表現できないのは虫眼鏡的に見た場合の鉛筆のこすれであるとか、絵の具の粒子であるとかといった、表現を一体となって構成してはいるが、表現者の身体以前であるような情報だったりする。それらを抜きにすれば、なんの問題も無くこの解像度は必要な情報を表現してくれる。絵を描く立場から言えば、実際のところ100万画素を埋め尽くしコントロールすることでさえとんでもない労力を要求されるし、あくまでもディテールということではそれでも充分なぐらいなのだ。
ちなみに、人がどのような画像をもって解像感の高い画像であると判断するかといえば、それはほぼ輪郭のシャープさに尽きるんじゃないかと思う。これはJPEGの圧縮技術を見ても分かる。諧調の遷移が緩やかな部分は大きな四角で表し、諧調の遷移が急激なところでは四角を小さくする。そのようにすることで、画像の解像感を損なうことなく、サイズを圧縮している。先の例であげた上手いリサイズというのも同じで、輪郭のシャープさが保たれていれば、解像度の低い画像を拡大してもそれ程問題になることはないのである。Photoshopのリサイズ機能はそれ程偉くないけど、それなりの手間をかければ、求める要求に十分に答えることは出来る。
しかしこれは静止画の話。
動画のことを真剣に考えるととてもじゃないけど現状のスペックは厳しい。逆にいえば、静止画のデジタル化に関しては、やっと技術が追いつきつつあるともいえるかもしれない。それはパソコンに限らず、デジタルカメラを見ても分かる。いまどきのコンパクトカメラは軒並み1000万画素を越えてるし、どれも良く写るだろうし、何を買っても失敗がないような状態だ。もちろん課題もたくさん残されているにしても、裏面照射CMOSセンサが実用化されたり絵だったらタブレットPCが進化したりして、いずれ解決されていくだろう。だが動画は静止画のこの現状に比べるとまだまだ発展途上であり敷居も高い。なによりコストが高い。高かったのである。
別に今すぐ動画をやろうと思っているわけじゃないし、そんなに気にする必要ないんじゃない?とも思うんだけど、気になるほどに周りが変わってきつつあるなぁというのが正直なところだ。ハイビジョン動画の解像度は1920×1080=約207万画素だ。これが1秒間に30枚再生される。ちょっと前までは、このような解像度の動画を撮影する為には最低でも100万円以上はするようなビデオカメラが必要だった。プロ用となれば何百万円だ。そこに複数のレンズを組み合わせたりしたら軽く1000万円越えとかしちゃっていたのだ。まるでCGが普及し始めた頃のMac一式のようなお値段だ。ところが今やレンズ交換式のデジタル一眼レフでハイビジョン撮影が出来るようになってしまった。しかもそのクオリティがとんでもないハイレベルになっているという。CASIO EX-F1の超高速連射によるスローモーション撮影だって、研究用カメラでしか実現できなかったような機能なのだ。
別にばら色の未来を思い描いているわけではない。このような技術革新に期待するのは製作の現場が個人レベルに降りてくることに尽きる。多額の資金繰りや巨大な設備に依存することなく製作が出来るのはとてもありがたいことだ。たかがカラーコピー機1台のために300万の借金をしようと真剣に悩んだ時代があったのだ。
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